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    カテゴリ:野球 > 大学野球



    (出典 livedoor.sp.blogimg.jp)


    井端弘和氏のコーチ就任、まさに的確な選択だと思います。彼の指導力と緻密な戦術は、選手たちに確実に影響を与えることでしょう。亜大の野球部はますます躍進すること間違いなしです!

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    (出典 full-count.jp)


    「東大の強さが再び感じられましたね。39年ぶりの快挙には、私も興奮しました。今後も期待しています。」

    1 征夷大将軍 ★ :2023/05/06(土) 17:43:41.92
    8回2死満塁で8番打者の山口真之介が右翼スタンドにグランドスラム

     東大は6日、東京六大学春季リーグの立大1回戦を6-6で引き分けた。5点ビハインドで迎えた8回に1点を返した後、8番打者の山口真之介内野手(3年)が右翼席へ起死回生の同点グランドスラム。勝ち切ることはできなかったが、衝撃の一発にスタンドは騒然となった。

     初回に先制を許し、2回には3失点。6回まで3イニング連続で立大に得点を奪われた。東大打線は4回に1点を返すも、大量ビハインドで試合終盤へ。敗色濃厚かと思われたが、8回に怒涛の粘りを見せた。犠飛で4点差にすると、なおも2死満塁で山口の痛烈な一振りで試合を振り出しに戻した。

     東大の満塁本塁打は、1984年春の法大2回戦で朝木秀樹が打って以来、チーム39年ぶり2本目となった。山口は東京・都小山台高出身で、二塁の守備力を買われてスタメン出場しており、今季リーグデビューしたばかり。大学初本塁打だった。試合後は場内から大きな拍手が送られていた。

    (Full-Count編集部)2023.05.06
    https://full-count.jp/2023/05/06/post1376748/

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    背番号3は清原正吾選手にとって「好きな数字」なんですね。そういう思い入れのある背番号で初安打を飾れたというのは、なんだか嬉しくなりますね。慶大の試合で清原選手の活躍を見るのがますます楽しみになってきました。

    1 征夷大将軍 ★ :2023/04/10(月) 18:10:48.69
    日刊スポーツ[2023年4月10日16時18分]
    https://www.nikkansports.com/baseball/news/202304100000686.html

    <東京6大学野球:法大-慶大>◇第1週最終日◇10日◇神宮

    プロ通算525本塁打を誇る清原和博氏(55)の長男、慶大・清原正吾内野手(3年=慶応)に、待望の初安打が生まれた。

    「全部の球に食らいついていく気持ちでした。結果はついてくるものだと思っていた。1打席1打席、一発勝負の気持ちでした」と話した。

    「7番一塁」で3試合連続でスタメン出場。1点を追う2回2死一塁。今秋ドラフト候補の最速150キロ左腕、法大・尾崎完太投手(4年=滋賀学園)に2球で追い込まれたが、カウント0-2からの4球目、外角129キロにうまくバットを合わせて遊撃手の脇を抜ける左前打を放った。この試合のチーム初安打となり、一塁上で手をたたいて喜び、3日続けて観戦に訪れた父和博氏もスタンドで笑顔を見せた。

    正吾の背番号「3」は、和博氏が西武時代に着けていた思い出深い番号。その背番号を選んだ理由について「僕の好きな数字です。(父の影響は)多少はあります」と明かした。

    【慶大・清原正吾、背番号3をつけて初安打!父・和博氏の思いも胸に】の続きを読む


    東大も大変だね。

    1 征夷大将軍 ★ :2022/08/24(水) 14:15:13.75
    ナンバー2022/08/22 17:02
    https://number.bunshun.jp/articles/-/854333

    (前略)
    ■「花巻東からも1人入部しました」
     しかも、その中には甲子園経験者も複数含まれているのだから、見事な成果だろう。なにしろ東大野球部100年あまりの歴史の中で、甲子園経験者はたったの24人しかいないのだ。

    「現在の東大野球部には静岡と東筑(福岡)の甲子園経験者が1人ずつ在籍し、甲子園のベンチに入れなかった同校出身者(静岡2人、東筑1人)もいます。また、昨年には、甲子園出場者ではありませんが、強豪校の花巻東からも1人入部しました」

     静岡は春夏あわせて43回の甲子園出場を誇り、夏の大会で優勝1回、準優勝2回という実績を持つ。東筑は春夏合わせて9回甲子園に出場しており、近鉄やオリックスの監督を歴任した仰木彬(故人)の母校でもある。

     ただ、両校は野球の強豪であるとともに県内トップの進学校でもあり、勉強の環境としてはじゅうぶん。その選手ともなれば東大へ入れるポテンシャルをもともと備えていても不思議はない。特筆すべきは花巻東のケースだ。

    ■「大巻くんはリアル『ドラゴン桜』でした」
     花巻東といえば、大谷翔平(ロサンゼルス・エンゼルス)や菊池雄星(トロント・ブルージェイズ)などを輩出した岩手の強豪校。同校野球部に所属していた大巻将人(2年)は、2浪の末に昨年東大に合格した。同校からの東大合格は史上初。浜田にとっても、スカウト活動の中で最も印象に残っている球児だという。

    「大巻くんは奇跡的で、リアル『ドラゴン桜』でしたね。なにしろ、東大の受験に必要な科目である日本史Bが、花巻東のカリキュラムには入っていないんです。マイナスからのスタートでしたが、花巻東の佐々木洋監督らのサポートもあり、浪人はしましたがよく合格したと思います」

     大巻は中学時代から成績はトップで、岩手一の進学校である盛岡一に合格できるレベルだった。しかし、甲子園に行きたいという夢を叶えるため、花巻東に入学したという。そんな折、懇意にしていた佐々木監督から浜田に連絡が入った。

    「勉強ができる子がいるが、どういう指導をしたらいいのかと佐々木監督から尋ねられたので、会いに行きました。本人は東大を目指したいとのことだったので、受験対策をレクチャーし、佐々木監督に頼んで彼専用の勉強部屋を寮に作ってもらいました。彼がときどき東京に来た際には、東大野球部の寮で部員による勉強指導を受けさせたり、練習に参加させたりしましたね。彼には常に『次は赤門で会おう』と声をかけていました」

     晴れて合格した大巻を、花巻東は最大限の栄誉をもって称えた。大谷翔平や菊池雄星のメジャーでの活躍を祝福する垂れ幕とともに、花巻東の校舎に「祝合格 東京大学」という垂れ幕がかかったのである。花巻東を訪ねた際にこれを目にした浜田は、すこぶる気分爽快だったという。大巻の後輩も東大を志望しており、良い先例を作ることができたと、浜田は目を細めていた。

    ■「根尾くんが本気で勉強すれば、おそらく東大に合格していた」
     大巻に限らず、中学時代の成績優秀者が強豪校に進んだと聞けば、浜田は全国に飛んで行く。中学時代はオール5だった根尾昂(中日ドラゴンズ)にも、もちろん勧誘を持ちかけている。

    「根尾くんとは直接会ってはいませんが、彼が中学3年生で大阪桐蔭への入学が決まっていた際、同校野球部の西谷浩一監督に声をかけたことがあります。大阪桐蔭は進学コースと体育・芸術コースが分かれているので『根尾くんは勉強ができるそうなので、進学コースに入れてみてはいかがでしょう』と。ただ、よく聞くと、大阪桐蔭の進学コースのカリキュラムは厳しく、野球の練習時間がほぼ取れなくなるそうなんです。野球一本でやりたいというご本人の希望もあって、東大受験は実現しませんでした。ですが、彼が本気で勉強すれば、おそらく東大に合格していたと思いますよ」

     根尾という大魚は逃したが、これを縁として、浜田は毎年の正月明けに、欠かさず大阪桐蔭野球部の部室に詣でるようになった。そこには、西谷監督の大好物のベビースターラーメンが大量に置いてあり、浜田はこれを食べて勝ち運をわけてもらう代わりに、前編記事で紹介した「東大」ハチマキを部室に置いて帰るのである。

    ■「僕が死ぬまでに、東大野球部になんとか優勝してほしい」
     ここまでの労を重ねて強豪校とのパイプをつなぎ、選手を勧誘するのは、当然、東大野球部の強化につながるからだ。しかし、ここで疑問が生じる。彼らのような野球エリートたちが入部すれば、東大野球部の多くを占める、1回戦ボーイたちの居場所がなくなってしまうのではないか。

    ※以下リンク先で

    【東大野球部は大阪桐蔭・根尾昂を誘っていた「彼が本気で勉強すれば東大合格していた」東大の新スカウト戦略で甲子園経験者増加中】の続きを読む


    東大も大変なんだね。

    1 征夷大将軍 ★ :2022/08/23(火) 17:40:15.86
    大学野球プレス2022/08/22 17:00
    https://number.bunshun.jp/articles/-/854332

    ■「東大合格当日に、湘南高校の宮台くんに会いに行った」
     東大野球部は弱い弱いとよく言われるが、いったいどのくらい弱いのか。2013年から2019年まで、監督として東大野球部の指揮を執っていた浜田一志は、こう言う。

    「東大と他5大学の戦力差は、おそらく20倍あるでしょう。東大を除く5大学からプロ野球のドラフトで指名されるのは、毎年10人ほど(社会人経由も含む)ですから、各大学が2人としましょう。それに対して、東大からプロ入りするのは、10年に1人、つまり1年に0.1人にすぎません。この人数の差が大学の戦力の差を表していると考えると、基準としてわかりやすい」

     東京ヤクルトスワローズの宮台康平(2018年卒部・湘南)は、今年7月に一軍のマウンドに上がって話題を呼んだが、それも東大出身のプロ野球選手が超希少だからこそ。宮台の前の該当者となると、横浜ベイスターズにドラフト9位で入団した、松家卓弘(2005年卒部・高松)までさかのぼらねばならない。

     だが、松家から13年ぶりとなるプロ級の選手を、じつは東大はただ待っていたわけではなかった。

    「宮台くんは、中学生の頃から話題になっていた左腕の好投手。文武両道で知られる湘南高校に進学したと聞いて、同校野球部の川村靖監督に電話で問い合わせたところ、学業成績も優秀とのこと。将来は東大野球部に来てくれると期待していました。2014年の東大の合格発表日には、湘南高校に宮台くんを訪ね、東大野球部の入部届にサインをしてもらいましたよ」

    ■灘や開成などの超進学校は“スカウト対象外”
     有望な選手に早くから目をつけ、在籍する高校の指導者を通じて東大野球部への入部をプッシュするのは、まさにスカウトである。浜田は2006年からこの活動に関わり始め、監督在任中も含め、現在に至るまでも精力的に取り組んでいるという。

    「東大野球部のOB会の中で、野球部員をもっと補強しようという声が出たのが、2006年のことでした。当時、部員数が1学年10人前後だったこともあり、部員数を増やし、同時に野球が上手い子をもっと入学させようということで、スカウト事務局が作られました。といっても、大学公式のものではなくOB会のボランティア活動です。東大のスカウト=入試対策でもあるので、学習塾の経営をしている私が適任だろうと、OB会長のご指名を受けたわけです」

     浜田は1983年に土佐高校から東大に進み、4年時には野球部主将を務めた。大学院卒業後は、新日鉄に入社。1994年に独立し、文武両道を目指す「部活をやっている子専門の学習塾」Ai西武学院を創業。2013~2019年の東大野球部監督時代は、通算9勝をあげている。

    「2007年から、スカウトのために各地の高校野球部を回るようになりました。訪問先は、基本的には、本気で甲子園を目指している地方の進学校ですね。1~2カ月に1校のペースで回り、およそ10年程度で47都道府県をコンプリートしました。最初はツテなんてありませんから、飛び込みの電話から始まります。『東京大学野球部のスカウトの浜田と申しますが、文武両道の高校とお聞きしているので、一度練習を見学させてもらえませんか』と直接学校の事務室に連絡するんです。スカウト活動の予算はほぼないので、『訪問した際、文武両道について講演する。その代わりに、旅費を出してほしい』という交渉もしましたよ」

     高校訪問で細やかな東大受験対策を指導しているわけではない。浜田にとってのスカウト活動を端的に言うと、「東大受験のモチベーションを高める全国規模の活動」なのだとか。

    「東大受験なんて考えてもいない子に、東大に行きたいと思ってもらうことが主眼ですので、黙っていても東大に多数入学してくる灘や開成などの超進学校は対象外です。秋田、静岡、東筑、彦根東、米子東など甲子園出場経験のある地方の進学校を訪問して、選手と話すケースが多いです。そのような学校の野球部員はみな文武両道を目指していますから、『東大野球部で文武両道のテッペンを目指しませんか』と声をかける。やはり、テッペンという言葉は男の子の心理をくすぐりますからね。さらには、『慶應などで控えになるより東大でレギュラーになって、初優勝の立役者にならないか』などと口説きます」

    ■「現役東大生が家庭教師に」夏休み2週間の合宿勉強会
     こうした地道な訪問活動は、高校野球界で話題を呼んだ。やがて2013年に監督に就任する頃には、高校野球関係者の人脈もすっかり広がり、各地の高校から有望選手の情報が集まるようになっていた。

    ※以下リンク先で

    【「慶應は…本当に嫌いですね」東大野球部のスカウトが語るスポーツ推薦も内部進学もない東大の努力「夏休みは高校球児に勉強合宿で口説く】の続きを読む

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