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    カテゴリ:野球 > その他



    (出典 image.news.livedoor.com)


    色々と有りそうですね。

    1 征夷大将軍 ★ :2021/04/06(火) 07:30:53.87

    ベースボールキング4.06. 07:09
    https://baseballking.jp/ns/column/271557

    ◆ 「0打数0安打」なのに「3打点」…?
     まずは「0打数0安打」なのに、なぜか「3打点」を記録した男のエピソードから。阪急時代の簑田浩二である。1983年6月22日の南海戦、蓑田は初回一死三塁の第1打席で先制の左犠飛。1-2の3回にも、一死三塁で同点の中犠飛を記録した。

     さらに、松永浩美の右越えソロで3-2と勝ち越した4回にも、二死満塁からチームの4得点目となる押し出し四球を選び、6回の第4打席は二死無走者で四球。この結果、1960年9月17日の豊田泰光(西鉄)以来となる「0打数0安打3打点」を記録した。しかし、地味ながらチームの勝利に貢献したにもかかわらず、翌日のスポーツ紙では8回にプロ初登板を果たした南海のドラ1ルーキー・畠山準が大きく取り上げられ、蓑田の「み」の字もなし…。

     タイムリーなしの“不労所得”では、それも致し方なかったのか。

    ◆ 「8本塁打」なのに、なぜか得点は「7」?
     つづいて、「シーズン8本塁打」を記録したにもかかわらず、得点はひとつ少ない「7」という前代未聞の珍記録を残したのが、1969年に近鉄に在籍したジムタイル(本名ジム・ジェンタイル)だ。得点が減る原因をつくった試合は、同年5月18日の阪急戦。ジムタイルは0-0の2回一死、左越えに3号ソロを放ったが、一塁ベースに向かう途中、突然左足に肉離れを発症。その場にうずくまり、動けなくなってしまった。

     三原脩監督は仕方なく、伊勢孝夫を代走に送り、伊勢は照れくさそうにダイヤモンドを1周。先制のホームを踏む。この年、ジムタイルは8本塁打のすべてがソロで、本塁打以外の得点がなかったことから、代走を送られた分が差し引かれ、計7得点になったという次第。なお、1991年には彦野利勝(中日)がサヨナラ本塁打を放った直後、右膝を痛めて代走に山口幸司が起用されたことから、「ジムタイル以来」と再びその名がクローズアップされた。

    ◆ 「単打」で一気に「3打点」とは?
     一方、記録は「シングルヒット」なのに「3打点」が記録されたのが、日本ハム時代の行沢久隆だ。

     1976年4月29日の近鉄戦。ルーキー・行沢は3-12とリードされた8回一死満塁のチャンスで、左翼席にプロ初安打&プロ1号となる満塁アーチを放った。プロ3打席目での快挙である。

     ところが、喜び過ぎて走るピッチが上がり、二塁ベース手前で一塁走者・服部敏和を追い越してしまう。この結果、“追い越しアウト”で満塁本塁打はシングルヒットに格下げされ、打点も差し引き1の「3」となった。

     プロ1号の満塁弾が幻と消えるチョンボに、行沢は「自分の打球ばかり見ていた。スタンドに入るのを見て、全力疾走に入ったが、服部さんの姿は全然目に入らなかった。審判に“アウト”と言われて、初めて気がついたんです。今日は帰って寝ます」とションボリ。「おめえは悪くないよ。服部がもっと進んでいるべきだった」と、大沢啓二監督に慰められていた。

     ちなみに行沢はその後、同年5月11日のロッテ戦でプロ1号、西武時代の1981年8月9日のロッテ戦で“正真正銘”の満塁本塁打を記録している。

    ◆ 「3者連続三振」なのに「失点1」?

     最後に投手の珍記録を紹介する。初回先頭打者から3者連続三振に打ち取ったのに、なぜか「失点1」を記録したのが、大洋時代の小野正一だ。1967年5月6日の巨人戦、先発・小野は立ち上がりから絶好調。横に切れるカーブと速球のコンビネーションが冴え、初回から柴田勲・土井正三の1・2番を連続三振に打ち取った。

     ところが、土井がカウント1-2から空振り三振に倒れた直後、捕手・伊藤勲がボールを後逸したことから、土井は振り逃げで一塁へ。それでも小野は気を取り直し、3番・王貞治を三振。通常ならスリーアウトチェンジになるはずなのだが、二死一塁でなおも巨人の攻撃が続く。そして、この場面でまたしても小野は不運に見舞われる。次打者・長嶋茂雄への初球、内角低めのボールが、伊藤の左足のレガース付近に当たるとポーンと大きく跳ね、三塁側大洋ベンチに飛び込んでしまったのだ。この間に二進した土井は、直後三盗を決め、二死三塁となる。

     「ここが踏ん張りどころ」とばかりに小野は長嶋を平凡な三ゴロに打ち取ったが、この日の野球の神様はとことん意地悪だった。桑田武の一塁送球を守備に難のあるスチュアートが落球。これでやらずもがなの1失点…。味方の拙守に足を引っ張られ、負け投手になった小野は「本当についてない」と嘆いたという。

     こうして見ると、“不思議な数字”は割りを食った人のほうが多いようだが、「ああ、あのときのあの選手」と、ファンの記憶に残る選手になったという意味では、悪い話だったと言い切れないかもしれない。

    (一部略)


    【【記録】プロ野球・本当にあった「不思議すぎる“数字マジック”」】の続きを読む



    (出典 crazy-for-baseball.com)


    色々と難しいですね。

    1 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします :2021/04/05(月) 16:54:01.646

    野球に興味なくても振り逃げくらい覚えとこうよ
    サッカーでいうオフサイドくらいメジャーなルールだからな?


    【【悲報】振り逃げとかいう野球のルール、VIPPERの6割しか理解してないwww】の続きを読む



    (出典 www.strike-web.com)


    本塁打は華ですね。

    1 風吹けば名無し :2021/04/05(月) 11:32:45.85

    10本 ソフトバンク
    9本 阪神
    8本 広島ヤクルト西武ロッテ楽天
    5本 巨人オリックス
    4本 DeNA
    1本 中日


    【球団別ホームラン数ランキング】の続きを読む



    (出典 i.daily.jp)


    成績が似てるかな。

    1 風吹けば名無し :2021/04/03(土) 19:45:19.74

    大山.200(30-6) 0本 2打点 出塁率.242 長打率.333 OPS.576




    岡本.200(30-6) 0本 4打点 出塁率.250 長打率.267 OPS.517


    【阪神大山、巨人岡本論争www】の続きを読む



    (出典 hochi.news)


    孫が始球式なんですね。

    1 伝説の田中c ★ :2021/04/01(木) 20:21:14.24

     ヤクルトは28日、阪神3回戦(神宮)に2-8で完敗。昨年2月に死去した野村克也元監督(享年84)の追悼試合を飾れず、開幕3連敗を喫した。

     追悼試合の始球式は、孫の野村彩也子(さやこ)さん(16)が務めた。祖父が着用したユニホームを身につけ、見事な投げっぷりを披露。ノムさんの意外な横顔や、思いなどを本紙に明かした。

     雨上がりの神宮でマウンドに上がった彩也子さんは、リーグ制覇を果たした1992年、実際に祖父が着ていた背番号「73」のユニホームを身につけた。上手投げからのワンバウンド投球に、スタンドからは拍手と歓声が響いた。

     「緊張しました。映像を見ていると、おじいちゃんを思い出してグッときましたが、我慢しました。ワンバウンドしたのは悔しかったです」

     自宅に隣接する祖父の家の庭で、練習を重ねてきた。普段は高校でオーケストラ部に所属するが、トランペットをグラブとボールに持ち替え、登板前にはヤクルト・石井投手コーチと“最後の特訓”も行った。

     祖父のユニホーム姿はほとんど記憶にない。孫にとっては笑顔の「優しいおじいちゃん」だった。幼少期から褒めてもらうことが多かっただけに、中学時代に赤いリップを塗った姿を見せたときのことは忘れない。

     「似合わないなあ」

     意外な言葉に「え?」と戸惑った。だが、直後に「おばあちゃんは、似合っていたよ」と頬が緩んだ祖父の顔を見て「私を見て思い出したみたいで心が温まりました」。2017年12月に祖母・沙知代さんが死去した後の大切な思い出だ。

     心に残っているのは「おじいちゃんみたいな人と結婚しなさい」という言葉。「そんな人いないから、無理だよ」と照れながら答えるのがいつもの流れだった。

     「おじいちゃんのように人を愛せて、人を残せるような人になりたい」-。白球に願いを込め、見事な一球を投じた。

     ■ヤクルト・追悼試合アラカルト

     ★試合前セレモニー 半旗が掲げられ、両チームが黙祷(もくとう)をささげた。ビジョンには野村氏の名シーンと語録が流された。

     ★ユニホーム 両チームが、野村氏がヤクルト監督時代に着けた背番号「73」のユニホームを着用。球団マスコット、つば九郎も背番号「73」のユニホームで登場。

     ★神宮球場 神宮球場正面には監督時代の写真とユニホームをかたどった懸垂幕を掲示。1万人が上限の中、9988人の観衆が来場した。グッズショップでは復刻ユニホームやキャップなどが販売された。

    https://news.yahoo.co.jp/articles/67168169e69845d7caabcbfaa19e477ad87d699a


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